お父ちゃんが外で働くことになりました。来週から早くもお勤めなので、日々のルーチンをどうするかねという話になり「子どもが病気の時などはちょっと休みをとって、お互い交代で仕事をするようにしてもらえるとうれしいな」と言いました。子ども第一ですが、仕事にも責任があるので。ちなみにうちの家計は完全に折半です。
これに対してお父ちゃんに「じゃあ仕事に何時間いるの?」と言われて、カチンときて悲しくなりました。ふたりの子どもだし押し付けあうようなのはいやだし、でもみんな等しく1日24時間持っていてそのやりくりは個人の裁量だし。もやもやもやもや。
このあと一晩、実家の母とぶつぶつメールを交換してクールダウンしました。母は本当によきサポーターで、私も子どもにこうなってあげたいなと思います。母からのメールのひとつに勝間和代さんのアドバイスが書いてありました。
先日、勝間和代さんがテレビで言っていました。仕事をするためにその他の生活があるのではなく、その他の生活、例えば遊びや楽しいこと、家事、育児等々をしてから、残りの時間で仕事をするように計画を立てるべきだそうです。これは、適切な考え方なのですが、やや建て前優先のようにも思いました。ただ、この考え方を頭のどこかに置いておくことが重要なのかと思います。私も、仕事を優先したり、家事育児を優先したりの試行錯誤の中でここまで到達したというのが本音です。
私は自分の調子を見ていると、1日3時間お金を稼ぐために働くのがちょうどいいようです。月にすると平日20日で60時間、実際は土日も好きで仕事をするので90時間、長めの休暇をとることもあるので80時間くらいかな。フルタイムで勤めると9時から18時、間で1時間昼休みをとって1日8時間、平日20日働くと、ひと月に160時間。
比べてみると仕事をする時間はフルタイムで働く場合の半分で、雲泥の差があります。なので収入は少なくなるし、正社員がもつ保証みたいなものはないけれど、そんなものかなと思っています。ばんばん贅沢はできませんが、一応自分と子どもの生活をまかなえるし、何よりお金で時間は買えません。これが50年後にキリギリスの悲劇になるのかならないのか。
仕事からは新しいことを学んで成果も残るし楽しいけれど、子どもと散歩するのも楽しいし、ブロックチェーンや仮想通貨について読むのも楽しいし、料理もしたいし、材料の野菜も育てたいし、パンも焼きたい。子どもがもう少し大きくなって一緒に料理や園芸をするのも楽しみです。子どもや自分の服をなるべく搾取から切り離して作りたいし、思いついたことにすぐとりかかれる時間的余裕もほしいです。こういう時間をとって残るのが、私が仕事にあてたい3時間なのかもしれません。一応生活をまかなえてものすごく集中して生産的に働けるよい長さでもあります。
ここから余裕を生むために、私が働かなくても収入を得られる仕組みにも興味を持っています。Steemはじめ仮想通過やブロックチェーンにも期待しているし(Steemitで書いてはいますが)、型紙を売ったり、編み物の図案を売ったり、IoT時代にセンサーのデータを売ってマイクロインカムを得たり。
多様な生き方や働き方が許容されるようになるといいな。あとは望むばかりではなく、私自身が主体的に新しい生き方や働き方をデザインしていくのも大事だなと思っています。
愚痴っぽいですね、ごめんなさい。自分の思考の整理も兼ねて書きました。みなさんの人生&仕事観など聞いてみたいです。