現代。教育現場は大きく変わりつつある。学習指導要領の変更により、小学校の英語教育の必修化、プログラミング思考教育の導入、中学校では、道徳が科目化され、高等学校では、地理歴史、公民分野では研究科目ができた。やはりグローバル化や情報化進むにつれ、小学校から対応をし、一方で、愛国心をしっかり持たせるような国際人と日本人としての教育をしたいのだろうと感じる。
しかしながら、一方では、教育現場では、大きな疲労がある。英語、情報が苦手な先生がそのような授業をしなくてはいけない点や道徳では、五科目のように点数化できないため、ますます教員は苦しい面もある。
話が変わり、よく「勉強は義務」であると言う。勉強は忍耐、忍耐、忍耐。こうして私たちは義務教育を勉強してきた。地方の学校では宿題をさぼるものなら先生から、罵声を浴び、集団処刑されることも多々あったと思う(笑) ※先生は善意で叱っている事は理解してます。
しかしこの改革は、「勉強は義務」であるでは対応できるものではない。というのも英語と情報は「勉強は権利」が強いからである。そして「勉強は権利」であるという人達は大体新しい事好きな人である。
しかしながら、今までの教員社会では、こうした新しい革新的な人は保守的な人達とうまくいかずやめてしまう場合が多い。そのため、教員社会では、保守的な考えが根強くある。例えば印鑑社会がそうである。そしてそれは今後も変わることはないであろうと思う。
しかしながら、世界はどんどん変わっていく。それは現実である。この変わらない教育と変わる世界が続く際、新しい教員は去っていく。そして古い教員は残っていく。こうしてまた変わらない教育が続く。学習指導要領で変わっても、集団の意識はそう変わらない。これが今の教育の現況であると思う。
しかしながら古さは変わらないとはいえ、古き良き伝統のある教育は美しい。そのため、この美しさが長く続く事を祈り、記事を終える。