今年も夏の甲子園が終わり、大阪桐蔭の春夏連覇という形で幕を閉じました。
毎日の熱闘甲子園をみて、なんども球児の純粋な想いに涙することがありました。
秋田・金足農業の躍進が話題となり多くの感動を生んでいることは知っていましたが、決勝だけはどうも気が乗らずに見ることができませんでした。
理由は、「吉田くんの身体と将来心配すぎ」です。過去の自分の体験も重なり、今もモヤモヤしているのでここに記録しておこうと思います。
金足農業・吉田くんは39日間で1,517球を投げました。
甲子園予選からの投球数を記します。
7/15 140球
7/18 147球
7/20 87球
7/23 130球
7/24 132球
8/8 157球
8/14 154球
8/17 164球
8/18 140球
8/20 140球
8/21 132球
特に甲子園ではほぼ中1日で150球投げています。
テレビで見てるとあまり想像することはないですが、硬球で140キロのストレートを全国レベルの打者に投げ続けるのは相当身体に負担がきます。僕自身は高校時代にピッチャーをしていていました。140キロなんて一球も投げられたことはないですが、それでも100球投げることの負担は自分自身でもそうですし、野球仲間をみて少しは体感しています。今でも肘の痛みを思い出すとズキズキしている感じがします。
肩・肘は一度壊すと元には戻らない
よく肩・肘は「消耗品」だと言われています。一度壊してしまうと選手生命が終わってしまいます。
身体も大きく成人したメジャリーグですら、各球団で中4日100球などの制限を設けています。若い時の消耗が将来響くこともあるので、杞憂に終われば良いですけど、まだ高校生の吉田くんの将来とても心配しています。一時期の酷使が将来のどこで故障することは科学的にはっきりわかってないとは思いますが、「この期間だけなら大丈夫」ということは決して言えません。
一度壊すと、壊さなかった状態には戻ることはありません。どこかで我慢をしながら投げるので今度は違う箇所を痛めてしまいます。
イチローもインタビューで以下のように答えています。
当時は練習中に水を飲むこともままならず、投手は200球以上の投げ込みをするような時代。そんな中、イチローの考え方は先進的だった。
「ブルペンで捕手を座らせて投球なんて、ほとんどしたことがない。肩は消耗品、という考えがありましたから、練習でも100球まで。酷使してダメになっていく人が、その頃から何人もいましたからね」
甲子園の役割も変化していって良い
色々と大人の事情があるし、関係者が多いのもわかりますが、せめて選手の身体を一番に考えられるスケジュールになってほしいなと願っています。
アドレナリンが出まくっているはずの決勝戦で「もう投げられない」と言わせてしまったことに対する反省の議論がないことが残念です。
プロ野球や独立リーグという野球の裾やが広がっていて、日本人がメジャーで活躍できるチャンスが広がっている中で、「甲子園」が果たす役割も変化していっても良いのではないでしょうか?
少なくとも、周りの大人の感動したい心を満たすための大会であればなくなってしまえば良いです。
一野球ファンとして来年以降も甲子園は楽しみです。
選手が甲子園だけを目的にして身体を酷使することがないような大会に進化して、次の元号でも球児のハツラツしたプレーを見られることを願っています。