“初釜”ってご存じですか?
“初釜”というのは茶道用語で、新年最初のお茶会のことをいいます。
私の属する社中では、今月28日に初釜を開きます。
社中という言葉も聞き慣れないかもしれませんが、日本では芸能やお稽古事のグループを社中といいます。
先生のお名前を上に付けて、○○社中というように。
初釜で、私は「薄茶の点前」担当です。
薄茶というのは皆さんも飲まれたことがあるのではないでしょうか?
普段、抹茶と言っているこういうお茶です。
そして、薄茶があるからには濃茶もあります。濃茶はこちら
名前の通り、どろっどろっの濃~いお茶で、一口飲むと口中濃い緑色になり、もちろん歯も緑。
人前では歯を出せない位の困った状態になります(-_-;)
味もかなり濃厚なので、一碗を3人で分け合って頂きます。
その時の作法もなかなか面倒です^^;
この濃茶は滅多に飲む機会はないかもしれませんね。
さて、当日私がつとめさせて頂く薄茶の点前では「知足棚」というものを使います。
知足棚(ちそくだな)は、桐地青漆で木口が黒塗の二本柱で、天板が円形の前方を切り落とした形で、地板が方形の小棚です。
知足棚は、淡々斎(たんたんさい)の斎号で知られる、裏千家十四世 無限斎(むげんさい)碩叟宗室(せきそうそうしつ)が好んだ棚です。
知足棚は、円形の天板の手前部分がないことから形から、『老子』の「知足」(たるをしる)に因んでこの名があるといいます。
出典:http://verdure.tyanoyu.net/index.html
こちらがその「知足棚」
引用した説明文にもあるように、
濃い緑色をした棚で、これが青漆。
天板の様子はこちらを見て頂ければわかりやすいと思います。
手前部分がないこの形、
…老子の「知足(たるをしる)」に因んでこの名があるといいますが、
えっ!「知足」ってどういうこと?
というわけで、調べてみました。
足る事を知る人は不平不満が無く、心豊かであることが出来る。ひところ、清貧のと言う言葉が流行ったが、足るを知ることは、欲望が制御され、煩悩妄想による迷いもおのずと消え、心清き状態でおれると言うことである。
出典:禅語に親しむ
なるほど…悩んだ末に今日は知足棚について書いてみようかと思ったのですが、
書いていくうちに「知足」を理解しなくては書けないことに気づきました。
結果いろいろ調べるはめになりましたが、ようやく私なりに理解したことがありました。
足るとは、足りないことではなくて、足りていることをいうのだと気づきました。
棚の天板が円形に少し足りないのではなく、ほとんど円形に見える形だととらえれば、手前がないことも気にならないということではないかと、自分なりに解釈しました。
禅語は解釈が難しく、幾通りにもとらえ方があるようですので、私には到底理解できるものではありませんが、
初釜で薄茶の点前をつとめることになり、
知足棚の形から「知足」について考える時間を持った…この一連のことは私には大きな意味があります。
…茶の湯は禅と深い結びつきがあると通り一遍の知識はあっても、
今まで何気なく通り過ぎてきた茶道の作法やお道具にこめられた禅の精神のほんの一部がストンと私の中の深いところに落ちた思いがします。
これからは、もっと意識を持ってお稽古をしていこうと思います(今更ですが…^^;)
今日は何を書こうかと先程まで悩んでいたけれど、書きながら広がっていく「気づき」もありますね。
steemitには、日常を再発見する面白さもあります。
そうそう、これは多分皆様ご存知のことと思いますが、石庭で有名な京都の龍安寺には『吾唯足知(われただたるをしる)』と刻まれたつくばい(茶会の前に手を清めるところ)があります。
今、ちょっと見に行きたいな~って思っている私です。
出典:Pinterest